[ テーマ: 日々いろいろ ]
2011年2月14日22:00:00
今まで、「アイデンティティ強すぎ。ちょっとゆるめて」
なんてことは、何度か言われたことはある。
(意味不明な言葉だけどね・・・こだわりすぎってことかもねん)
「アイデンティティなさすぎ。なにがやりたいのわからない」
そう、ある人に言われて、ご飯を食べられずにいたら
友人のピアニストが言った。
「その人、ホントにくみちゃんが何をやってるのか、知らないんだね。
たぶん、趣味程度でいろいろやってると思われているよ。あははー」
そんな・・・あははーて・・・。
あははーで済まされることか・・・それ。
アイデンティティがない=全人格否定
という公式が浮かぶ私にとっては重大事件なんですけど。
「作品をみてもらえば、わかるんじゃない?」
と言った友人。
果たして、それで解るのか・・・。うーん。
謎だ。
観てもらったところで
「意味わかんない」で、済まされそう。
何をやりたいか?
芸術療法だってば。
お絵かきして、お歌歌って、楽しく踊って、
なんだか、眉唾もんと思われてる感ありだ。
コンテンポラリーダンス/モダンダンス(創造的ダンス)が、
なぜダンスセラピストの資格取得に必須なのかなんて全く興味がないはず。
そこに、人間の創造性=精神が写し出される。その表現がダイレクトに表出するからです。(表現病理学)
そこを体験しないと、セラピーテイクにたどりはつけない。
それを忘れると、芸術療法法を行うセラピストとしては意味なし。
芸術創作には定規をひとつだけを使うことはありえない。
三角定規、雲形定規、分度器、コンパス・・・、それらを全く使わないこともあれば、
もっと、新しいもの、未知の定規が生まれることもある。
「私、弁護士になる!」とか言い出したなら
一貫性がないと言ってほしい・・・。
いろんな定規を使ってみて。
私は、いろんな定規を使ってみてるんだけどな。